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わたしがブログを書く理由

特別お題「わたしがブログを書く理由

こんにちわ!Arukeです。

今日は、はじめてはてなブログさんのお題に沿って書くということに挑戦したいと思います。

私が書く理由、それは、「ずっと書くということに憧れていたから」

そして、まさに今「書く」準備が整ったように思えたからです。

私は物心ついた頃から読むことが大好きでした。付録付きの幼稚園児向けの雑誌も付録はそっちのけで隅から隅まで読んでいたほど。大好きなおじいちゃんとドライブに行けば、片っ端から過ぎゆく看板を読み上げていくような子供だったのです。(付き合ってくれたおじいちゃん、ありがとう。笑)

もちろん本を読むことも大好きで、読む本がない時は自分で物語を作って想像力で楽しんでいました。そんな子が、書くことに憧れを抱くのはある意味当然のことかもしれませんね。

アンネの日記の影響されて、鍵付きの可愛い日記帳を買ってもらい、『日記さんへ・・・』とその日の出来事を綴ることからはじまり、中学生の頃は詩を書くことに心血を注ぎ、文学賞に応募して出版社の方に声をかけていただいたこともありました。

 

けれど、そこから私の人生の道筋は『書く』こととは違う方へ流れていくのです。

 

色々な理由から高校を中退した私は、半年間必死でお金を貯めて家族の反対を押し切ってニューヨークへ渡りました。

 当時は、自分は何がしたいのかも、自分が何者なのか分からずに若さゆえのとても辛い時期でした。自分を試したかったのか、探したかったのか、とにかく私という人間を知る人がいない場所へ行きたかったのです。自分を惑わせる雑音を消し去りたくて、世界一騒々しい、眠らない街ニューヨークへ。(今考えてもなんたる皮肉!笑)

3ヶ月のほぼ無計画のひとり旅。

 けれど私はそこで、たくさんの人に出会い、たくさんの人に助けられ、結局のところ、どこへ逃げても自分自身からは逃れられないことを知りました。

その後は、読むことや書くことと同じくらい大好きな料理を仕事にし、とにかく今を精一杯楽しんで生きていこうと決めました。

たくさん踊ったし、たくさんの映画を見て、たくさんの本を読み、たくさんの恋をして、さらにたくさんの失恋を経験し、色んな美味しいものを食べて、唯一無二の親友と朝までくだらないことを語り合って。何にも縛られず、自由に、自分自身を知るための充実した時間を過ごしたのです。

 

そして、そんな日々が数年続いたある時、再び転機が訪れます。

 今まで出会った中で一番おしゃべりな男性と出会い、恋に落ちて、そこから一年ほどで私は住み慣れた街とそれまでの生活やスタイルに別れを告げて、彼の妻となり長女の母親になりました。

そこからまた多くの葛藤と経験がありました。手に入れたのは無条件の愛。家族。

最初は、地下鉄も映画館も図書館もなく、買い物に行くにも歩いて半日かかるという生活スタイル、友人も実家の両親や祖父母とも離れ親しい人がそばに夫以外誰もいない現実、開発が始まったばかりの土地で周囲に家も人気もない静かすぎる地の果てのようだった住居環境などに面をくらい、あまりの寂しさ震えた記憶があります。

あまりに孤独で、今のこの生活に全てを捨てるほどの価値があったのかと頭を抱えたこともありましたし、私は失ったのに、夫は失わずに済んでいるものを数えて恨めしく思ったことも、そんな状況で自分を見失いそうで心底恐ろしかったこともありました。

それでも、この14年間。更に3度のお産を乗り越え、夫と共に4人の娘たちの成長を見守りながら、私はバランスを取ろうとしてきました。私自身であることと、母親であることと、妻であること。その全てを大事にしたかったからです。

       

けれど、それは想像以上に困難な道のりでした。

 

まず、24歳の頃のことです。 

私はある日、ものすごい腹痛に襲われました。「きっと、何か悪いものを食べたに違いない。」と思い、最初はむしろ娘たち(当時は長女と次女のみ)を心配していました。けれど娘たちはいつも通り元気いっぱいで、私の方は時間を追うごとに痛みが増し、体をくの字にまげてしか動けなくなっていきました。「やばいかも」そう思った頃には幼い娘たちを連れて病院へ行くことも難しいほど具合が悪くなっていました。

そうこうしてる間に夕方になり、きっと寝たら治るとほとんど祈るような気持ちで私が娘たちを痛みに耐えながらお風呂に入れていた時、主人が仕事から帰ってきて私の顔をみるなりギョッとして「顔が真っ白だよ」と言ったのです。

慌てて病院へ行くと、そのまま緊急手術になりました。

それもそのはず、なんと腹部で大量に内出血していたのです。その量なんと1L以上。その頃には体内で出血している血液が背中の方にまで回っていて、あまりの激痛で背中をつけて横になることもできず私は座ったまま麻酔をかけられました。

出血の原因は子宮外妊娠による卵管出血で、小さな妊娠組織が卵管に小さな傷をつけ、そこから少しずつ出血していました。術後だったか術前だったか、あまりのショックで記憶が曖昧ですが「もう少しで多量出血でショック状態になり最悪死んでたかもしれない」と、先生に告げられました。「なぜもっと早く来なかったのか?」とお叱りの言葉も受けました。

でもまさか、体内で出血しているなんて本当に夢にも思わなかったのです。その証拠に、最初救急で向かった先は婦人科ではなく胃腸科でした。

 

それから次は27か、28歳の頃でした。末っ子を産む少し前に私は蕁麻疹を患い、気軽に外出することが困難になりました。何せ汗をかくと身体中に発疹があらわれ、顔は目も唇も腫れ上がり最悪、呼吸もままならなくなってしまう体質になってしまったのです。

なので、最後の出産はお察しの通り、本当に文字通り命懸けでした。産声が聞こえる頃には、私の目は思いっきり目も当てられないほど腫れ上がっていて、産まれたばかりの可愛い我が子がうっすらとしか見えないほどでした。

30代前半には子宮頸がんの異形成が見つかり人生2度目の手術を受けました。この時は不幸中の幸い、ガンになる手前だったので、一度の簡単な手術で済みました。

そして更にその数年後、染めることもパーマをかけることもしたことがない自慢のバージンヘアがなんの抵抗もなくパラパラと抜け落ちていったのです。初めは訳が分からずシャワーを浴びながら、排水口を覆うギョッとする量の自分の髪の毛を見て涙を流さずにはいられませんでした。「脱毛症ですね」と診断されました。

もうこれ以上はないだろうと思っていた今年、胸に心臓を鷲掴みにされたかのような痛みが走るようになり、狭心症を発症しているということを告げられたのです。

 

正直、至って健康だった自分の体にこんなに不具合が次々と発生するのは、今いるこの場所が今の人生そのものが、自分がいるべき場所ではなく、間違った選択だったのでは?と思ったこともありました。

どんなに主人を子供達を心の底から愛していても、このままでは私は崩壊してしまう。なんとかしてこの状況から逃げ出したい・・・そんな自分勝手な欲求さえ抱くほど追い詰められていた時期があったのです。

けれど同時に私は、嫌というほど知っていました。

どこへ逃げても自分自身から逃げることなどできないということを。

大昔に身をもって学んだのだから。

自分の分身を4人も授かった今ならなおのこと、

彼女たちと離れる想像をするくらいならこの身を切り裂かれる方がまだマシだということを。どんな姿を見せようとも一心に愛してくれる夫をおいて逃げ切ることなどできないということを。

そう、私は嫌というほど分かっていたのです。

 

だから、私は決心したのです。悩むことはもうやめて、今の現状全てを受け入れることを

そして、嘆くばかりではなく今の私にできることを今まで通り、精一杯やって生きようと。

それが「正しいから」だとか「立派だから」とか「母親として当然だから」とか、そんなんじゃなく。ただそれが今の私ができる最善の決断だったからです。

本来、私は周りがビビるほどポジティブな人間です。脱毛症が発症した時も泣いたのは一度だけで、鬱陶しいからと夫にバリカンで剃ってもらい、金のフープピアスをつけて「黒人シンガーみたいでしょ?」と豪快に笑って家族にドン引きさせるくらいです。笑

けれどそんな私が躊躇し悩み立ち止まってしまうほど、この14年間はトラブル続きだったのです。

そして素晴らしい決断の後、魔法のように、奇跡的に、全ての病気が消え去ったのかって?

いいえ、まさか!そんな感動映画みたいに上手くいきません。笑 

でも、気持ちは少し楽になりました。

そして最近、働きたいと思っても、なかなか今の私でもできそうな仕事が見つからずに困っていた私に夫が「アフェリエイト」というものを教えてくれたのです。

ブログを作り、広告を掲載しつつ、文章を書くというこの素敵なシステムを。

「書くことに憧れていた少女」はたくさんの(本当にたくさんの!)回り道を経てついに、書くことができるフィールドと理由を見つけたのです。

アフェリエイトなんてうまくいかないかも。」

「誰も私の書くものなんて見てくれないかも」

臆病な自分がそう囁くのが聞こえます。

けれど人生、ダメで元々。成功すればラッキー。

それにいつ終わりが来るかなんて分からない。だったら、なんだって挑戦してみなくては。

それにもしかしたら、この世界中のどこかに私と同じような経験をして、共感してくれる人が1人でもいるかもしれない。私の経験がどこかの誰かの役に立つかもしれない。

そう思うとワクワクします。どんな時だって、どんな状況だってワクワクするものが見つかれば人生はずっと楽しくなりますよね。

以上が、わたしがブログを書く理由です。

今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。

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